photo
  • コラム
  • ライターコラム
  • 学生
  • 青春

自分の頭で考えられることなんてものすごく少ないから、未来を信じよ少年少女。

夏生さえり
2020.04.30

昨年、姪が産まれた。はじめての姪っ子。これがもう、かわいいのなんのって。
見れば見るほど、考えれば考えるほど、あんまりにも新しい命なのでびっくりしてしまう。
「悪」も「疑い」も「Twitter」も「SNS」も、聞いたことも見たこともない穢れなき生き物。まだ誰にも何も決めつけられていない、先入観を持たない生き物。
言葉と出会い、覚え、人と出会い、仲を深め、人生を作っていく。彼女は、いままさにそのスタート地点に立っていて小さな身体に似合わないほどの無限の可能性を持っているのだ。美しい。



「どんな大人になるんだろうねぇ」と姉が言うと、おばあちゃんとなった母が「このまえテレビで見たんだけど」と口を開いた。

「今の時代、将来 “親が知らない職業”に就く子どもが、6割もいるんだって」



へぇ。そうなんだぁ。6割もいるの。うんちの状態も全部知っている親さえ知らない職業に、この子は就くかもしれないんだ。親じゃないから本当のところはわからないけれど、親としてそんなのすこし不安じゃないかしら。だって、子どもの未来が全く予測できないなんて……。



そう思った瞬間、はたと思い当たった。



いや待て、わたしも“親”が知らない職業に就いているではないか。

元銀行員の父と、専業主婦の母。その二人が知らない世界を、今まさにわたしも生きているではないか。



わたしの職業は、肩書き上では「フリーランスのライター」だ。一言でいえば「文章を書く仕事」なのだけれど、実際のところ仕事内容は多岐に渡る。



取材記事を書き、エッセイ・コラムを書き、コピーを書いて物語を紡いで、映像のシナリオを担当し、漫画の原作を書いたり……。「恋人にどんな言葉を言ってもらえたらキュンとするか?を考える仕事」もあれば「20代女子のあるあるを箇条書きにする仕事」もある。
もっと言えば、撮影現場に行って、俳優さんに向かって「もう一回だけ、中指でメガネをクイッとあげてもらえますか?」などとずうずうしい意見をもっともらしい顔で言ったり、「ねえ、起きてよ」じゃなくて「ねえ、起きて?」のニュアンスの方がよりキュンとするのでは?と専門家よろしく伝える仕事もある(シナリオを担当した撮影に同行すると、そういう仕事があるのです)。
またシナリオを考える際には、大の大人で集まって「タイムループはどうだろう」「特殊能力は必要だろうか」「主人公を透明人間にするのは?」などと何時間も会議をすることも(ふざけてなんかいない。大真面目に話している)。



ライターって文章書くだけじゃないの?
小説家でもないのに物語を考える仕事があるの?
特殊能力を考える仕事? キュンを考える仕事?
というか、そんなことでお金もらえるの……?と思った人も多いかもしれない。わたし自身もいつも「こんな仕事があったんだ……」って驚きながら仕事をしている。(ちなみに大事なことを伝えておくと、仕事は「誰かが望むことを叶えること」で成り立っている。いくら自分が「特殊能力を考えたい!」から無限に考え出しても、それは趣味にすぎない。仕事は、誰かの役に立つこと。これだけは学生のみんなには覚えておいてほしい。当たり前のようで忘れがちな、とっても大事なことだから)



わたしの仕事は、「こうしたら面白いかも」「ああなったら笑っちゃうかも」というポジティブな“たられば”でできている。綺麗に言えば「想像力」、悪く言えば……ただの「妄想力」。



「しっかり前を向いて、授業を一生懸命に聞いています」。


わたしの幼いころの通知表には、こう書かれていた。
先生ごめんなさい。本当はあのとき、授業なんかちっとも聞いていなかったんです。じつはずっと、妄想していた。目には先生をしっかりと映しながら、頭の中には現実ではないものを映し、淡々と続く授業のなかで目を開けて夢をみていた。



わたしの「妄想力」の起源は幼稚園時代に遡る。
といっても、稀有なことではなく、たぶん誰にでもあるようなことだ。
人形に物語をつけて遊んだり、ブロックや粘土で家らしきものを作っては「何を作ったの?」と聞く母に物語を聞かせたり。「あのね、これはお家でね。中には女の子が住んでいるんだけどね……」。
その後、小学生になってから高校生まで続けていた妄想は、なぜか「地割れしたら誰と生き残るか?」というものだった。
今大きな地震が起きて、教室がまっぷたつに分断されたら、誰と生き残ろう?
縦に割れたら、身体能力抜群のユキコちゃんと手を組もう。横に割れたら好きな男の子に守ってもらおう。……席替えをするたびに必ず思い描き、何度もシミュレーションをする。ちょうど自分のところで割れるようなことがあれば、右のグループに飛びこもう。と、用意だけは周到だった。



数学はちっとも得意にならなかったけど、妄想力だけはどんどんたくましくなって、時には妄想小説のようなものを書きかけたこともあった。けれど、誰かに自慢できるようなことはなにもない。他の人よりも特別なことがあったとすれば、その妄想をいつまでも辞めなかったことだ。大学生になっても、社会人になっても、ふっと日常から姿を消して非日常に飛び立っていた。その瞬間が、好きだったから。



「こんな能力、何にも生かせない」


「わたしはマトモな仕事に就けない」



ずっと、そんな風に思っていた。いや、決めつけていた。
それに「妄想は、仕事になるよ」なんて誰も教えてくれなかった。



かつてのわたしと同じように、「こんな特技(と言えるほどでもないようなこと)が、何になるんだろう」と悩んでいる学生は多いだろう。また、かつてのわたしと同じように、親や先生や先輩に「そんな仕事はない」「現実を見ろ」と言われた学生もいるだろう。彼らにとっては、「そんな仕事はない」のが真実だから、間違ってなんかいない。でも、見たことがないものは、今までにないものは、本当に「ない」のか?



わたしはおおきな声で言いたい。
自分の頭で考えられることなんて少ししかない。世界は広い、予想外は山ほどある。
絶望するのは待ちやがれよ。



自分のちいさな頭で勝手に可能性を狭めたり、
誰かのアドバイスを世界の真実だと思い込んだりするのはやめて、「好き」を信じて進み続けてほしい。
「これが何になるのか」なんてわからなくていい。すぐに「仕事」にならなくたっていい。
謎の答えは後でわかればわかるほど、面白いものなのだし。



「将来 “親が知らない職業”に就く子どもが、6割もいるんだって」。
未来を信じよ、少年少女。



夏生 さえり(なつお さえり)

ライター。出版社・Webでの編集者経験を経てライターとして独立。取材、エッセイ、コピー、脚本等、主に女性向けのコンテンツを多く手がける。著書に『今日は自分を甘やかす(ディスカヴァー・トゥエンティワン)』、『揺れる心の真ん中で(幻冬舎)』他。CHOCOLATE.Incのプランナーでもある。