小学校3・4年時の担任だった岡田先生は、僕が出会ったいろんな先生の中で、怒ると一番怖い先生だった。
ものすごい剣幕で、ものすごい大きい声で、子供に容赦無くキレる。
仕事で叱ってるっていうより、感情をむき出しにして怒鳴り散らしてた。
エンジンがかかるとチャイムも聞こえなくなるようで、休み時間なし、次の時限までぶっ通しで怒ったこともあった。そういう性格を省みて、悲しい顔をして、「クラスによっては相性が悪くて生徒にも父兄にも嫌われたことがある」と言っていた。確かに、合わない人は合わないだろうなと幼いながらに思った。
僕はそういう先生がとても誠実に見えて、好きだった。大人って子供に嘘ばっかりつくけれど、先生は違うなって感じてた。
先生はとにかく「きまり」を作らなかった。
普通、学校にお菓子とかゲームを持っていくと怒られた。
でも岡田先生は自分がゲーム好きで、家ではファイナルファンタジーをずっとやってるって話をして、ゲームを学校に持ってきたって構わないと言った。ミニ四駆も、ヨーヨーも、なんだって持ってきていいと。ただし、ゲームのことでケンカが増えたり、新しいソフトを自慢する子が出たら禁止にしますという約束だった。おもちゃが盗まれたり壊たりしても、先生のせいでも学校のせいでもないから知りません、とも言った。問題がなるべく起こらないように自分たちで工夫しろ、起きたら自分たちで対処しろ、それが出来ないんだったらやめ。できるなら、自由だよと。
今思うと、大人たちは「きまり」を作って教えて、「きまり」を破ると怒る。
先生はそもそも「きまり」を作らないから、「きまり」を基準に怒ることがなかった。そこが他の大人とは違ってた。怒るときは決まって、子供たちがそもそも持っている残酷さとか、ズルさとか、意地悪さがクラスに蔓延した時だった。そういう時はいつも「どうしてそんなにひどいことするの」と先生は本気で僕らに訴えた。
先生は自分の旦那さんの話をよくした。
絵本作家なんだけどエロ動画が好きでパソコンにデータがいっぱい入ってるとか、テレビの趣味が合わないから半分ずつ違うチャンネルを映せる最新家電を買ったとか、なんでも明け透けに。いつだったか、先生に子供はいないのか誰かが聞いた。先生は、自分が子供を作らないのはあなたたち生徒がいるから充分ってのはもちろんあるけれど、それよりも、自分の子供がどういう人間になるのか、性格悪い自分を見てると怖くて産めないのと話した。僕はその時、ドキっとした。先生の深いところの、暗い部分を見た気がした。あと、大人の考えることはよく分からないなと思った。どうしてそんなふうに思うのか不思議だった。
僕らは先生のことを影で「オカセン」と呼んでいた。「オカセンまたすげえ長くキレたね!」「オカセン今日機嫌悪いから静かにしとこ!」なんて具合に。ある日それがバレた。女子が面白半分にバラしたんだろう。やべーと思ったが、先生は怒らなかった。「あんたたち、先生のことオカセンって呼んでるらしいわね!」とニコニコしながら言った。僕らはきゃっきゃして、「またオカセンがキレるぞー!」と走り回った。
先生、元気にしてるでしょうか。
もう退職してると思うけど。
相変わらずキレまくっていて欲しいです。
夏目 知幸(なつめ ともゆき)
東京を中心に活動するオルタナティブギターポップバンド
シャムキャッツのボーカル、ギター、作詞作曲。2016年、
自主レーベル〈TETRA RECORDS〉を設立し、リリースや
マネジメントも自身で行なっている。近年はタイ、中国、
台湾などアジア圏でのライブも積極的。個人では弾き語り
、楽曲提供、DJ、執筆など。