11月17日からバーニーズ ニューヨーク銀座本店にて行われる「O.C.S.D.チャリティアート展」
今回は参加アーティスト『橋爪悠也』さんにインタビュー!
作品の見どころなどについて聞いてみました。
-これまでのキャリアと、現在のご活動について教えてください。
橋爪悠也:20歳から30歳までの10年間はアウトドアのメーカーで販売員と本部の方でプロモーションの仕事をしていました。
30歳で辞めて、1,2年ぷらぷらしてたっていうか、仕事がない中でデザインとかイラストのお仕事とかを少し外注でやらせてもらって3年4年経ったくらいから自主的に絵を始めて、そこから今に至ります。
今年40歳なんですけど、アーティストとしての活動は5〜6年ですね。
でも普通にカフェとかでバイトしてたんですよ。イラストの仕事とか、デザインの仕事もない中で、絵で食べていけるっていうより、バイトで食い繋いでいましたね。食い繋いでいくためのお金で自主的に展示をしたりとか、地元の岡山で友人の協力で展示させてもらったりっていうのをして2、3年経って、少し名前を知ってもらえるようになった感じですね。東京の方の友人の繋がりと地元の友人の繋がりでちょっとずつ両方で少しずつ名前を知ってもらえるようにサポートしてもらって、それで今のかたちがあるっていう感じですかね。
-そのご友人はアート関係の方ですか?
橋爪悠也:いやいや、よく言う友人ですね。
当時は僕もまだまだツンケンしてたから、サポートしてもらった友人も、すごい上からやってやるよって感じでした。絵も気に入ってくれて、展示してやってもいいよっていってくれて。
そういう関係性だと10年ぐらい一緒になっていかないと、この業界ですぐバーンと売れるような今みたいなアートブームみたいなものがなかった時だったので、すぐ売れると思ってはなく、少しずつ地元から広がっていって10年後になにかになってればいいよねぐらいの感じでやらせてもらったっていうのが始まりでした。
-上京したいという気持ちはもともとあったんですか?
橋爪悠也:上京したい気持ちは、正直…うろ覚えですね(笑)
アウトドアブランドの地元のお店にいたんですけど、その時の上司からもっと上に上がっていきたいんだったら転勤はしていかないといけないし、いろんなところ見なきゃいけないって言われて、全然独り身なんで大丈夫ですって感じでしたね。
その時に何個か異動先の候補をもらって、行けるかどうか分かんないから好きなところ行ってみなよって言われて、そのとき本店希望を出して、本店に配属になりました。
会社の内情で、もうちょっと辺ぴな場所に行ってたら違うかもしれないですし、まあ行くんだったら東京で本店がいいですっていう感じですかね。
-アパレルでやりたい職種はあったんですか?
橋爪悠也:販売員から異動したんですけど、”東京のお店の店長”ってやっぱり岡山にいた時の自分とか周りから考えたらある種すごく花形で、まずはそこを目指そうかっていう自分の思いで目指していきました。そこからは、上司とかその時の担当の人とかとコミュニケーションを取りながら、今後の方向性の話し合いの時に、プレスっていうのもありだなって思いましたね。
プロモーショングループっていう名前だったんですけど、その中でも顔が立ってる人たちが窓口でプレスって呼ばれていて、雑誌とかにバンバン出て好きなこと言ってて、自分の思いを語っていいんだ!っていうのもあったから、その方向でやっていきたいって思いました。
希望っていうよりかは、その当時のプレスの人から「プレスやってみるか?」と言っていただいて、じゃあやらせてください!って感じでしたね。
だから自分から行きたいっていうよりかは、たまたまそういう縁をいただいたのか、自分がそういう風に仕向けたのか分かんないですけど、なんとなく行きたいとこには行けてたっていう感じですかね。
-SNSは、その頃どういう感じでしたか?
橋爪悠也:インスタグラムが一部の界隈で広がり始めた頃ですかね。。
結構鮮明にその時のこと覚えていて、その時のプレスの人が「なあ橋爪、このアプリは絶対入れとけ」って言われたのがインスタグラムで、その時の業界の人が全員やってたんですけど、ほとんどの人がまだインスタグラムをやっていなかったんです。
なんか写真を加工して、とりあえず写真がめちゃくちゃおしゃれに投稿できるもので、それを絶対にやっとけって言われました。
それを見た人がお前のことをいいんだ!ってなったらフォロワーが増えていくぞって。
それがなんなのか何がしたいのか、よく分かってなくて。
Twitter、Facebookもあったと思うんですけど、あんまり僕自身ピンと来なくて、個人としてはSNSはやらないっていうテンションだったんですよ。
でも、それをやっておかないとって上司にすごく言われたので、やってみたんですけど、全然いいねもつかないし、、最初はどうやったら広がっていくのかも分かんないじゃないですか。いいねが6から8になるだけでも2人増えた!って感じで喜んでました(笑)
ただ、何かのフォーマットに乗っけてやってるのが、全然クリエイティブじゃないなと思ってました。他人のフィルターを使わないといけないっていうのがクリエイティブじゃないなと思いつつも、僕は原宿にいたので、みんなやってるって言うから、これがなんか流行っているのかな?みたいな感じでしたかね。
-絵を描き始めた具体的なきっかけなどがあれば教えてください。
橋爪悠也:2つあって、1つは小学校の先生に絵が上手だって言われたのが、絵を描くきっかけになりましたね。
観察の時間に、ザリガニを取ってきて家に持って帰って観察するっていう時間があったんです。そのザリガニの絵がすごく評価されて、自分でうまいのかなと思ったっていうのが始まりですね。
紙とかに例えば動物とかふわっとしたものを描いても、それなりに描けたので絵を描くことが、まあコミュニケーションのツールになってたと思います。
仕事としてのきっかけは、親父のお古のパソコンが兄から回ってきて、illustratorっていうソフトが入っていたので、これでマウスで絵が描けるって、ずっといじってて図工の時間に筆で何かを塗ったりするんじゃなくて、なんかillustratorで色々描いていましたね。
いまの仕事にそれが繋がってるのかな?だから絵が結構グラフィックっぽいんです。
それはどっちかというとビジネスとかの方に行かずに家とかでそういうのをいじってたりとか、自分が好きなカルチャーは漫画だったりゲームやったりが多いので、それとコンピューターっていうのがすごく大きかったです。
Windowsのお古でソリティアをやったりとか、入ってたパソコンゲームをやり、イラストレーターを立ち上げて、図形を作ったり、っていうのが楽しかったですね。
-絵を描くこと以外になにか熱中していたことはありましたか?
橋爪悠也:僕はバスケットボールをずっとやっていて、結構がんばってましたね。
-高校もバスケを続けたんですか?
橋爪悠也:高校はほんとにふらふらバイトしてましたね。
実家が自営業で親の所だからOKっていう感じで。年齢の高い人と話すことが多かったので楽しかったですね。バイトをずっとやりつつ、絵のこととかは全くでした。
高校になってある程度バイトをしだして、月に10万円とか貰えてたから、服買いに行くのが好きになって、1回絵のこととか全く無になるくらい何も考えなくて、ファッションが好きでしたね。
バイトで稼いだお金は全部そっちに回ってて、それで高校卒業する時に専門学校で洋服の方に行きましたね。今はもうないんですけどバンタンキャリアスクールっていう1年ぐらいの短期の学校に行きました。
家の方針で高校を卒業したら、東京か大阪に行くっていう2択しかなくて。地元に残るのは駄目だったんです。ただ僕は地元に残りたかったけど、大阪の専門学校に行って、どうにも全然面白くなかったですね(笑)
-学生時代にこうしておけばよかったなと思うこと、学生に向けてアドバイスはありますか?
橋爪悠也:やりたいこととかを1つに絞らない方がいいかもって思いますね。
例えば好きな教科とかを1個に絞らずに、好きな教科は好きで当たり前なんだと思ってもう1個ぐらい選んだ方がいいなって思います。
研究者みたいに行きたいんだったらもうそれ1個で絞るけど、そうじゃなかったら夢は叶わないなと思ってるんですよ。そのためのやっぱり2個目、3個目ってやっぱ考えておいた方がこれからどうなるか分かんないから、そういう意味でも2個以上は特技を持つようにした方がいいですね。
学校でも、こういうことをした方がいいかもなって思いますけどね。そういう学校との付き合い方をしていた方がいいか、まあ研究者タイプでもうそれそれで突き詰めていくのがいいか、僕はどっちかっていうとその2個以上側だったので、、と思いますけどね。
-作品の製作について今までの作品はどのようにアイディアを思い描き、完成に至るのでしょうか?
橋爪悠也:自分の、パーソナルな部分の好きなものを素直に出していったのが今の形なのかなっていうのはありますね。
色とか形、サイズとかもこうした方がもっと売れるんじゃないかって言われるんですけど、まあ、あんまりそこは最近は気にせずにやってるかな、自分の好きなものにある種純粋に、好きなものにもいろいろ手を出してきたから、そういうものの集合体なんで疑問なく素直に出せるかなって、最近はそういう感じでやってますね。
-今回のチャリティーアート展の作品についてお伺いしたいのですが、今回ご提供いただいた2作品のポイントを教えてください。
橋爪悠也:僕の代表的な絵であることっていうのが、1個分かりやすいかなっていうのもありましたね。
なので絵柄はよくやる、僕のなかでは1番見られてる絵を選ばせてもらって、あんまり実験的なことはやってないですね。
もう1個の字だけの絵があるんですけど、これに関してはもうちょっとプラスメッセージ性があった方がいいなと思ったんで、一応学生の皆さんにも向けて、毎日が素晴らしい日であればいいなっていうふうに書いています。禅の言葉から来ているんですけど、日日是好日っていう明日死ぬかも分からないから毎日毎日が素晴らしい日でありたいっていうことを英語にしたものがEVERY DAY IS A GOOD DAYっていうんですけど、あれを学生さんに向けて一応描きました。
この「EVERY DAY IS A GOOD DAY」は今の時代にちょっと逆行したいなと思ったんで、同じ猫を抱えている絵が、もう1個の字だけの方にも描いてあって、現場で見ないと分からなくなってるんですよ。
SNSだけでリアルか、アンリアルかっていうことよりかは、来てもらってあれを読んでもらって感じてもらってほしいですね。現場で体験してもらえればと思ったので、まあ仕掛けってことでもないですけど、現場で見ないと分かりづらいものを描きました。
-これは現場で見てほしいですね!
「EVERY DAY IS A GOOD DAY」の作品はどうやって、作っているんですか?
橋爪悠也:これはすごく重ねて塗ってるんですよ。絵具の厚さで凹凸があって、
それが光の加減とか映り込みによって少し見え方が変わるっていう感じですね。
最初に1度絵を描いてます。ちゃんと全部肌色とか服の色とか全部違う色で作った上にベージュみたいな色を何層も重ねていって、少し色が透けてるように見えるっていう感じです。
-時間かかりそうですね…
橋爪悠也:結構時間かかりましたね。
僕は結構チームでものを作ってるから、僕が1から10まで作ってる部分もあるんですけど、色作ったりする人とか、色塗ったりする人もいるので。
あの作品は一応全部僕が1から10まで全部僕がやっていて付きっ切りで一週間くらいですかね。
元はパソコンで僕が絵を描いたものを端末からこう映してから塗り始めるっていうスタイルで他の方に比べたら時間は全然かからないですけど、その中でもかかった方だと思いますね。
-橋爪さんの日々の原動力・モチベーションはなんですか?
橋爪悠也:若い時からやっぱ目立ちたいっていうのもありましたね。
誰かにその評価されたいっていうのがやっぱ強くあったから、そこがちょっと減ってはきてるけど、それでもなんとなく僕なんかどっちかというとちょっとこう名前が知られるまで時間かかったので、20代とかじゃなくて30代の本当にここ5年ぐらいの話なんで、まあちょっとでもこれで知ってもらえて、なんか橋爪悠也の言うことに、作るものに共感してもらえてるんだと思ってるので、まあそれがある限りはそれがモチベーションになってるかなっていう感じです。
-最近気になるアーティストさんはいらっしゃいますか?
橋爪悠也:今回一緒に出てるヨコサカタツヤですかね。
ちょっと年上なんですけど、ちょっと出てくるのが遅すぎますよね(笑)
もっと早く出てきていいはずなのに、性格がうにょうにょしてるからなんかそこがもったいないなって思ってますね。まあ最近知られだしてくれて、ファンの俺からするとありがたいっていうか、もうちょっと行けるはずなのになってすごく俺は思いますね。
推し活中としてはもっとやれよな!って思うことはすごくありますね。年下の俺が言うのもあれですけど(笑)
本当に物を作ってる人がすごく好きで、みなさんをリスペクトしています。
ほんと嘘偽りなく自分も展示してもらえてることっていうのは、すごくありがたいなっていうのはすごく思います。
-ヨコサカタツヤさんは仲が良いんですね!
橋爪悠也:僕が1回グループ展やりたいって言った時にお声がけして、土から出てきてくれた感じで、仲良くやらせてもらっています。
-最後に、これからの活動でやりたいことはありますか?
橋爪悠也:海外の活動はすごくしたいと思ってるんですけど、“だって日本人だから”ぐらいな感じで基本的なものの良さとか考え方とかを、うまいこと日本人にも伝えていきたいし、海外の人にも伝えていきたいなと思ってはいます。
でもそれは具体的にこういうものだっていうのはちょっと今はないんですけどね(笑)
-ありがとうございました!
PROFILE
YUYA HASHIZUME
橋爪 悠也 / ハシヅメユウヤ
1983年岡山県に生まれ、現在は東京を拠点に活動。
2016年から自主企画による展覧会を通して作品を発表。
2018年以降、東京、バンコク、ソウル、ロンドンで個展を開催し、2023年にはソウルにて大規模な個展も開催。
出身地である岡山に、共同でディレクションしたアートと工芸を扱う施設「一初」がオープン。
Instagram:https://www.instagram.com/yuyahashizume/