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僕の好きだった先生たち Vol.2

夏目知幸
2020.07.20

校庭に犬が入ってきて、一緒にわぁわぁ騒ぐ男子たちも「もう授業の時間だから教室に戻れ」と教師から言われれば「はーい」と言って戻る。学校内での「時間割」の持つ力は絶大。圧倒的ルール。でも保健室だけ、あんなに小さい部屋なのに、そのルールが適用されない不思議な場所だ。


そこにいる先生も、あんまり「先生」って感じがしない。便宜上「先生」と呼んでいるけれど、他の先生たちより暇そうだし、毎日何をやってんだかよくわからない。白衣っていうコスチュームがなかったら、もっとぼやけた存在だろうな。


中二の時、保健委員だった。
僕の仕事は唯一、出欠をとること。朝一で保健室へ行って壁にかけられた出欠簿を取って、一限が始まる前に点呼しながら「○」「✖️」「ち」と書き込み2限目の終わりまでに保健室に戻す、という仕事。
僕のおかげで遅刻にならなかったやつらが何人もいる。


最初のうちはちゃんとやっていたけれど、すぐに面倒になった。だって、下駄箱と教室は校舎の2階にあるのに保健室は一階にある。出欠簿のために、朝から階段を往復しなくちゃいけないなんて馬鹿げてる。ていうかそもそもこれって1限を受け持つ先生がやりゃよくない?


ある日から、出欠簿を取りに行くのも点呼を取るのもやめた。


欠席のやつの名前だけ覚えて、2限目が終わったら速攻保健室に走る。のんびりしてると廊下に教師も生徒も溢れ出すから急ぐ。
保健室の廊下の壁にはタバコを吸うとどれくらい肺が汚れるかっていうポスターとか、市販の飲料水にどれだけ糖分が含まれるかを角砂糖を積み上げたイラストで示したランキングが貼られてる。その下に出欠簿。ピックして、ババババっと書き込んで、何食わぬ顔で教室に戻る。名案だった。先輩たちから「保健委員が一番何もしないから楽勝」と言っていた理由も理解できた。


1学期の終わる頃、バレた。


いつものようにせっせと適当に出欠簿を書いていたら保健室から先生がにゅっと出てきた。


「なつめくん、ちゃんとつけないとダメだよ」


怒ってなかった。なんていうか、ただただ普通の会話みたいに話しかけてきた。


「2組の出席簿だけいつも残ってんだからわかるよ~」


「ああ、すいません。でも、毎朝取りに来る必要あります?効率悪くないすか?」


「それしかやることないんだからそれくらいやりなさい」


なんだ、先生も保健委員が出席簿をつける以外仕事がないって分かっているのか。でもそれを盾にしてくるのはずるくないか。だいたいの大人はこのやり口で攻めてくる。そういえば言い返す言葉を持ったことがない。


この時初めて、保健室の先生が普通に先生っぽく見えた。


「はあ、わかりました」


次の日からは朝一で出席簿を取りに行く日々が続いた。


先生の名前も顔も忘れちゃったけど、なぜだかたまにこの日のことを思い出す。



 夏目 知幸(なつめ ともゆき)

東京を中心に活動するミュージシャン、楽曲提供、DJ、執筆など。


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